釘1本の決意
北フェスの若手の会が旭川でありました。「羊の穴」と言います。全体の例会は「虎の穴」と言いますので、それに因んで「羊の穴」です。
「羊の会」のメンバーから、例会、そして懇親会の写真が送られてきました。
みんなの表情がとてもまぶしく見えます。
私は、新卒と同時に「教育実践研究サークル ふろむ“A”」というサークルを立ち上げました。
現在の「北の教育文化フェスティバル」の前身です。
自分も、たぶん22年前、あんな表情で学んでいたのだと思います。
あのころ「ぼくら」は、本当に未熟でした。
どっちに進んだらよいかも知りませんでした。
いえ、それ以前に自分がどこにいるかも分からないという状況でした。
その「ぼくら」がいまは本を出すようにまでなりました。
中原中也のように「思わず遠くへ来たもんだ」と思います。
私の教師人生は、残り15年となりました。
「羊の穴」の若手に少しでもなにかを残しつつ、それが自分の「更なる高み」への挑戦になるように生きていきたいと思います。
有田和正先生が亡くなられたいま、教育界に巨大な建築物は残せなくても、釘の1本でも打ち込んでみようと思います。
「羊の会」のメンバーから、例会、そして懇親会の写真が送られてきました。
みんなの表情がとてもまぶしく見えます。
私は、新卒と同時に「教育実践研究サークル ふろむ“A”」というサークルを立ち上げました。
現在の「北の教育文化フェスティバル」の前身です。
自分も、たぶん22年前、あんな表情で学んでいたのだと思います。
あのころ「ぼくら」は、本当に未熟でした。
どっちに進んだらよいかも知りませんでした。
いえ、それ以前に自分がどこにいるかも分からないという状況でした。
その「ぼくら」がいまは本を出すようにまでなりました。
中原中也のように「思わず遠くへ来たもんだ」と思います。
私の教師人生は、残り15年となりました。
「羊の穴」の若手に少しでもなにかを残しつつ、それが自分の「更なる高み」への挑戦になるように生きていきたいと思います。
有田和正先生が亡くなられたいま、教育界に巨大な建築物は残せなくても、釘の1本でも打ち込んでみようと思います。
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