『なまえつけてよ』の解釈
光村五年国語教科書に『なまえつけてよ』という物語がある。
正直に言うと、1度目にこの作品を教えていたとき、納得できる解釈がし切れていなかった。
今回、2回目の指導のチャンスをもらい、この作品と改めて向き合うことになった。
子どもたちの初発の感想。
多かったのは、「感じの悪い勇太が、名前をつけられなかった春花に対して最後は優しくしてあげて、よかったなあと思った」というような感想。
最初にこの物語に出会ったとき、私も子どもと同様の感想を持っていた。いや、その程度にしか読めていなかった。
ところが、どうもおかしいのだ。
なぜ、勇太はそこまで優しくなれたのか? そのきっかけも、心情の変化もほとんど書かれていない。これは、不自然ではないのか?
なんのきっかけも、葛藤もなく、急に優しくなる勇太。
なんだか変だ???。
そこで、丹念に読み直す。
そして、見つけた。
P21L9の「勇太はぷいっと向きを変えて……」とある。
この「ぷいっと」が問題なのだ。
「ぷいっと」は、「急に不機嫌になる様子」のことだ。これを、当初、私は春花に対してだと思っていた。春花自身も、春花に対してであると思っていたに違いない。
だから、「『何よその態度』と言いそう」になっていたのだ。子どもたちも、そうだった。「勇太は、まったく馬に興味がない。それなのに、一方的に馬の話をする春花に腹を立てたのだ」というのだ。
しかし、それはおかしい。だとすると勇太はとんでもない利己主義な人物ということになって、最後に不器用な馬を春花にあげて、優しさを発揮する勇太との統一感がない。
まてよ、まて、まて。
本当に勇太は利己的な人物なのか?
「ぷいっと」したのは春花に対してなのか?
あああああ!!!!!
違う。
弟の陸に対して、勇太は「ぷいっ」となったのだ。
そう読むと、次の日、真っ先に春花に声をかけたのが陸ではなく勇太であったのも整合する。
私自身が、こう読めた上で授業をすると子どもたちの授業後の感想が変わった。
「春花と勇太が思い合える物語だった」とか。
「春花が勇太の優しさに気づく話」とか。
春花の勇太への見方が劇的に変わるこのお話は、5年生という思春期の入り口にある子どもたちにすごく読んでほしい話だと思えるようにさえなった。
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